絵を描き始めたきっかけ04

中学校3年くらいになると、進路を本格的に決める時期になります。このころ画家になろうと決めた、ひとつのきっかけがあります。それは画家ゴッホとの出会いです。もちろんこのときゴッホはこの世にいませんから、ゴッホの生き様に出会ったというのが正しいのだと思います。今となっては記憶が曖昧ですが、ゴッホの生き様に関する本かテレビ番組に触れ、大きな衝撃を受けたように覚えています。

20代後半から僅か10年の間で、あれだけの質と量の作品を生み出したこと。37歳でこの世を去り、その死因が銃を使った自死であったこと。弟テオに宛てた最後の手紙の中で彼は”絵に対して命をかけ、そのために理性は半ば壊れてしまった”と記しています。15歳の私はそれらに衝撃を受け、憧れました。そのときの私は、ゴッホの”純粋さ”に惹かれたのだと思っています。その純粋さは純度を高める過程で、ある種の狂気のようなものを帯びていった。

私は今も、その狂気のようなものに恐れながら、同時にその純粋さに憧れを持ち続けているのです。

絵を描き始めたきっかけ03

特に中学校時代は思春期ということもあり、とにかく心が不安定でした。色々なことに頑張ってしまうので、学校生活が疲れるんですよね。振り返ってみれば、そんなに肩に力入れんでもと思うんですが(今も…笑)。

その頃ノートになんとなく詩を書いていました。思いつくまま書きたいように。何編か書いて、あるときふと空いたスペースが気なったんです。ああ、そうだここに絵でも描いてみようということになって、鉛筆で書いてみたんです。そしたら、なんかいい感じなんです(自画自賛!笑)。しっくりきました。

そういう風に詩を創ったり絵を描いたりしたら、心が少し楽になったんです。不安定な心が少し安定したというか。ん、これはいけるぞと。結局現在まで、その延長みたいな感じで描き続けているのかもしれませんね。

絵を描き始めたきっかけ02

小・中・高校でも、図工・美術の授業が一番好きでした。

絵を描く、何か作るということが基本的に好きなのですが、図工・美術の授業の雰囲気が好きでした。他の授業に比べると自由度が高い感じがして。私語もまあまあ許されて、作業が伴ったりするので席も自由に立ちやすい。今の時代はそうでもないのかもしれませんが、いわゆる主要科目とされている授業はどこか束縛された感じがしていました。そういう点では、体育も好きなほうでした。

学校があまり好きではなかったので、というより決まった時間に登校して、決まった時間に決められたことをするのが嫌なので(わがまま笑)。「こうしなければならない」「こうでなければならない」ということが苦手なのです。そんな緊張状態を強いられる(おおげさ笑)学校生活の中で、美術・図工の時間は心のオアシスだったのです。周りからの評価が高かったから好きになったというのもあると思いますが、課題テーマはあれど基本的にどんな風に描いても自由!正解なんてないし、求められてもいない。絵を描いている間は自然体の自分でいられて、心の奥深くを解放することができた。こうして束縛から解放される心地よさが、私を画家の道へと導いていくことになります。

絵を描き始めたきっかけ 01

なぜ絵を描き始めたのか?

ちょっとそのことについて話してみたいと思います。

小さな頃から、とにかく絵を描くことが好きでした。絵を習ったことはないのですが、家で暇さえあれば絵を描いていました。絵具を使って画用紙にというよりは、らくがき帳やいらない紙に色鉛筆やクレヨンなどで何枚も夢中で描いていました。普段は落ち着きがなくずっとしゃべっている子どもだったのですが、絵を描いているときだけはちゃんと座って静かに(ひとりごととか言ってそうですが・・・)描いていたと思います。何を描いていたのかはあまりよく覚えていないのですが、人や動物を描いていたような気がします。

大きなきっかけのひとつは、幼稚園でのお絵かきの時間です。先生たちになぜかよく絵を褒められていたことを覚えています。よく叱られる子どもだったので、たまに褒められると嬉しいんですよね。(今もですが笑) それから先生たちは市や県のコンクールにいつも私の絵を応募してくれました。そして毎回なんらかの賞をもらうのです。あの賞状というものがなんだか嬉しくって!自分としては絵を描くことがすごく好きで、ただただ好きなように描いて楽しいだけなのに、褒められたり賞をもらったりするのが嬉しくてしょうがなかったのです。このきっかけが、画家を志した原点なのかなって思っています。